「未来がある会社」と「未来がない会社」の違い

売上はあくまでも今の状態を示しているだけであり、将来に渡っても強く居続ける会社とは似て非なるものになる。

未来がない会社とは、いつまでも無駄なことを続けている会社になる。これまで述べてきたことは、デキル営業を目指しても、そもそもデキル営業には成れるものではない。仮にデキル営業になったとしても、硬直化、自己目的化してしまうので、企業成長にはつながらない。つまり、「デキル営業」という方向性を続けている限り、その会社には未来はない。

未来がある企業とは、詳細は後述するとして、結論を先に書いてしまえば、

  • 属人的にしないこと
  • 一人一人の社員が役割と当事者意識を持っていること
  • 役割をどんどん変えていくマネジメントサイクルを持っていること
  • 大きな情報ではなく、小さな情報がどんどん流れていること
  • 知識共有ではなく、考える思考を共有していること
  • 小さなゴールの連鎖を持っていること
  • 無限大の可能性をつぶさないこと

営業を未来戦略の起点にする

社内の戦略起点と言えば、経営企画、戦略室あたりのスタッフが担当することになるが、未来戦略の起点は、すなわち、企業成長や強い企業を作る担い手は、営業部門しかありえない。企業は、考えうるだけの差別化を試みているが、その小さな差別化では消費者は価値を見出してくれない。であれば、同じような製品を買うなら、少しでも気持ちのよいところから、気持ちよく買うようになる。お客様に気持ちよく買ってもらうこと。それを担うのが営業部門になります。

また、時間をかけて「完璧な」な製品を出した企業はなく、「荒削りな」な製品を早々と出して、顧客とともに学ぶ企業の方が成功するとも言われている。

この顧客の生の声に一番近い存在が営業部門になる。で、なにより、営業は無駄な改革ばかりをしている。

売上というモノサシを廃止して、新たな役割を作る

1つのモノサシだけを使い続ける会社は強くなれない。営業には他の仕事と異なり、1つのかなり明確なモノサシが存在している。

そのモノサシとは売上であり、予算達成である。そして、そのモノサシで測って、デキル営業とダメ営業に分かれている。

この前提を無くす。思い切って、売上げを追求しないという宣言する。その変わりに、営業が新しい役割を担うことにする。

営業の役割とモノサシを再定義し、今までとは違う営業を誕生させる。冗談に聞こえるかもしれないが、この役割とモノサシの再構築、これができるかどうかが、企業成長へ分かれ目になる。

デキル営業がやりたがらないことを仕組み化する

デキル営業という枠組みの中で、デキル営業と同じような売上を上げられない営業が、ダメ営業にされてきた。

ダメはダメのままで、それを、いくら育成しても出来るようにはならない。スキルはそのままにして、役割を変える、モノサシを変える。

簡単に言ってしまうと、ダメ営業がやるべきことは、デキル営業がやりたがらないところで、強い会社になるために必要なこと。

になる。そして、売りがないと会社はやっていけないので、売上は、デキル営業の役割にする。

そして、それ以外の役割は要求しない。デキル営業が、目先の利益、目に見える利益を担当し、長期の利益、目に見えない利益を、ダメ営業が担当することになる。これが、強い会社の役割分担になる。

デキル営業も、いろいろやりたい要望はあるかと思う。それは、おそらく、やるなと言っても、勝手にやっている。

心配する必要はない。それより、ダメ営業がやるべき役割を明確に定義し、それをダメ営業が当事者として担うことで、組織として、補完することが出来るようになり、かつ、ダメ営業の新たな活路も同時に可能になる。

企業起点ではなく、顧客起点にする

企業起点とは、企業の論理や目線で行う改革であり、もしくは企業内で完結する改革になる。

たとえば、社内で、デキル営業に育成することも、生産現場を海外に移転させてコスト削減を図ることも、これらは企業起点の発想になる。一方、顧客起点とは、企業視点のお仕着せサービスではなく、お客様にとって真に価値があるサービスを提供していくこと。言い換えると、目先の売上や利益にこだわっていると出来ないことである。

企業起点は、成果に限界があるが、顧客起点の企業改革は、無限大の成果を期待できる。企業起点の営業はデキル営業が担い、顧客起点のためのに営業は、新たな役割を追加して、ダメ営業が担う。そして、顧客起点で、強い会社を作る新たな役割とは何か?それを具体的に設計していくことで、企業成長の仕組みが出来上がる。

一人一人が小さな池の大きな魚になる

成長のイメージは、大きな池の大きな魚になることだと思う。より大きなマーケットに対して比較優位性を持つ製品・サービスを提供すること。

同じモノサシで比較しながら、ちょっと違う優位性で勝負させる。これは、差別化戦略と呼ばれいるものです。

いかに差別化できるかが勝敗の分かれ目になります。そのため、ついつい大風呂敷を広げたり、差別化戦略を狙いすぎるあまり、コスト高になったりと、その結果、大きな池の小さな魚で止まってしまう。

これが、企業が弱くなっていく流れです。一方、小さな池の大きな魚になるとは「選択と集中戦略」を意味します。

市場をセグメント化しその中に資源集中して強者(大きな魚)となる戦略です。オセロゲーム的にどんどん小さな枠を取っていき、やがては、全体を取るという戦略です。これは、マーケティングの話ですが、これを社員に適用するという考え方です。

全員を同じモノサシで図るのではなく、それぞれ別の役割を持ち、その役割の中で強者を目指す。

そして、その役割を持った社員の集合体で、強い会社を作る。


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